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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)97号 判決

原告

株式会社柴崎製作所

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和54年行(ケ)第97号審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が昭和54年4月23日に同庁昭和52年審判第5019号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1双方の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2原告の請求の原因及び主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和43年12月7日、名称を「壜蓋」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願をし(昭和43年実用新案登録願第106382号)、昭和47年3月25日、出願公告されたが、実用新案登録異議の申立があり、昭和52年1月19日付の拒絶査定を受けたので、同年4月13日、特許庁に対し審判の請求をし(昭和52年審判第5019号)、昭和53年11月21日、手続補正書を提出したところ、特許庁は、昭和54年4月23日、補正却下の決定とともに、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決(以下「審決」という。)をし、その謄本は、同年5月16日、原告に送達された。

2  本願考案の明細書の実用新案登録請求の範囲(以下「本件登録請求の範囲」という。)の記載「壜蓋の上部をねじ部、下部を締付部とし、その間の周方向に多数の断続したほぼ等長の切目線ないし弱化線を設け、この切目線ないし弱化線間の橋絡部を一つおきに強い橋絡部と弱い橋絡部とし、前記締付部に橋絡部の数の約半分の数の多数の縦方向の横断切目線ないし弱化線を設け、開蓋の時に全ての横断切目線ないし弱化線が切断しうるようにしてなる壜蓋。」

3  審決の理由の要点

本件登録請求の範囲の記載は、前項のとおりである。

本件登録請求の範囲には、「橋絡部の数の約半分の数の多数の縦方向の横断切目線」という記載があるが、多数という数が幾つ以上の数をいうものであるか明らかでない。若しこの多数という数に2あるいは3を含むものであるならば、横断切目線の位置(周方向の切目線に対する位置)によっては、原査定に引用された実公昭39―24382号公報に記載された考案に近い作用をするものも考えられるものである。してみれば、横断切目線の数は、本願考案にとって構成要件の1部をなすものである。

しかしながら、本件登録請求の範囲の記載では、この数が、多数と表現されているのみで、2あるいは3を含むのか又は含まないのか明らかでない。

したがって、本願は、明細書の記載が実用新案法第5条第4項で規定する要件を満していないので、実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決は、本件登録請求の範囲の「橋絡部の数の約半分の数の多数の縦方向の横断切目線」の記載において、横断切目線の数は構成要件の一部をなすものであるにもかかわらず、「多数」という用語が2あるいは3を含むのか又は含まないか明らかでないので、右記載が実用新案法第5条第4項で規定する要件を満していないとするものであるが、「多数」という字句は、「数が多い」という意味であり、当業者であれば、後記のとおり、2あるいは3を含まないものであると理解することは明らかである。そして、本願考案は壜蓋に関するもので、横断切目線の上限も壜蓋の径及びその目的により無限大に増加させることができないものであるから、「多数」という表現で十分その構成を特定しており、前記登録請求の範囲の記載は、実用新案法第5条第4項に規定する要件を満しているといわなければならず、したがって、審決は、この点の判断を誤った違法があるものとして、取り消されなければならない。

(1)  本件登録請求の範囲においては、「多数」の用語は2か所で使われている。その1は、「ほぼ等長の切目線ないし弱化線」の数を示すものとしてであり、その2は、「縦方向の横断切目線ないし弱化線」の数を示すものとしてである。そして、その1でいう「多数」という用語は、本件登録請求の範囲における「この切目線ないし弱化線間の橋絡部を1つおきに強い橋絡部と弱い橋絡部とし」という記載からして、少くとも「4以上」、より具体的には4以上の偶数を示すものとして把握される。したがって、前記その2でいう「多数」の用語が、少くとも「4以上」であることが必然的に導かれる。すなわち、前記その1であらかじめ「多数」の用語が示す具体的数値の下限を間接的に(強い橋絡部と弱い橋絡部との関係で)「4以上」と特定したため、前記その2で使用した「多数」の用語が示す具体的数値の下限を、ことさら改めて具体的に示す必要がなかったのである。

(2)  前記その2でいう「多数」の用語は、本願考案の明細書の記載からも「2あるいは3」を含まないものとして読み取ることができる。すなわち、本願考案の実用新案公報(昭47―7905号。甲第3号証。以下「本件公報」という。)第2欄第27ないし第29行には、「第4図に示すように4等分され、外方に押し拡げられて蓋全体が取り除かれる」とあり、また、その第3欄第3ないし第5行には、「蓋を除去する場合においても締付部はねじ部と共に確実に取り除かれるものである。」と記載されている。そして、これらの記載の意味するところを詳述すれば、「開蓋のとき縦方向の横断切目線が一斉に切断され、壜蓋の締付部が「たこの足」のように外方に拡がるので、弱い橋絡部がたとえ切断されなかったとしても、蓋を除去することは容易に行うことができる」ということである。したがって、「多数の横断切目線」の「多数」の意味するところは、全ての横断切目線が切断されれば、たとえ「弱い橋絡部が裂断」されなくても、締付部が、その周回り方向に細かく分断されて外方に押し拡げられ、開蓋を容易にすることが可能な程度の数をいうのである。このように、開蓋を容易にする程度に締付部をその周回り方向に細かく分断するといえば、普通「4以上」に分断することが考えられ、結局、「多数」の用語は、「2あるいは3」を含まないことは明らかであるといわざるをえないのである。

第3請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  原告の請求の原因及び主張1ないし3の各事実は認める。

2  審決を取り消すべきであるとする同4の主張は争う。審決には、これを取り消すべき違法の点はない。

(1)  原告主張の4の(1)について

本願考案の明細書の「考案の詳細な説明」の記載につき本件公報によってこれをみるに、本件公報第1欄第19ないし第26行には、本願考案の構成について記載されているが、縦方向の横断切目線が4以上であるかどうかについては何も記載されていない。同欄第27ないし第39行には従来例の製造上の欠点について、同第2欄第1ないし第5行には本願考案の目的について、同欄第6ないし第16行には本願考案の実施例の具体的構造について、同欄第17ないし第24行にはその作用について同欄第36行ないし第3欄第5行には本願考案の効果について、それぞれ記載されているが、縦方向の横断切目線の数が4以上でなければならない理由は記載されていない。

そして、本願考案の明細書及び図面には、周方向の切目線16、強い橋絡部及び弱い橋絡部各8に対して4つの横断切目線を設けた実施例が記載されているが、これとても、横断切目線が4以上でなければならない理由の記載もないので、「多数」といえば当然に4以上の数をいうものであるとすることはできない。むしろ、本願考案の明細書の考案の詳細な説明における考案の目的及び効果の記載からすれば、本願考案は、橋絡部の位置に関係なく締付部に縦方向の横断切目線が設けられる点にその特徴があり、横断切目線の数が幾つなければならないなどということは問題ではないというべきである。

(2)  原告主張の4の(2)について。

一般に「多数」という語は、「数が多い」という意味であるが、これは、他と比較して用いられる語であるから、2あるいは3を含まないものと定義されるものではない(多数共同電話の場合や3名で構成された合議体中の2名をいう場合、2であっても多数ということがある。)。一方、本願考案の明細書の記載をみても、横断切目線の数について、その下限の数が明記されておらず、また、横断切目線の数を2あるいは3としても、本願考案の作用効果である「締付部が外側方に拡がって蓋を容易に除去できる」と同等の作用効果が期待できることを考慮すると、本願考案の「多数」に2あるいは3は含まないということはできない。

以上のように、本願考案の「多数」には原告が主張するように2あるいは3は含まず下限は4であるということが、明細書及び図面の記載から明確に読み取れない以上、登録請求の範囲に記載された「多数」の用語が2あるいは3を含むのか含まないのかは明からでないとしなければならない。さらに、右「多数」に2を含むとすれば、横断切目線の位置によっては、公知例(実公昭39―24382号公報)に近い作用をするものも含まれることとなる。したがって、本件登録請求の範囲は、本願考案の構成要件中最も重要な部分の一つである「横断切目線の数」について明確に記載していないものというべきであるから、審決には、これを取り消すべき違法の点はない。

第4証拠関係

1  原告は、甲第1ないし第9号証を提出し、乙号各証の成立を認めた。

2  被告は、乙第1ないし第4号証を提出し、甲号各証の成立を認めた。

理由

1  原告の請求の原因及び主張1ないし3の各事実については、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決にこれを取り消すべき違法の点があるかどうかについて検討する。

審決(成立について争いのない甲第1号証)は、横断切目線の数は本願考案の構成要件の1部をなすものであるところ、本件登録請求の範囲には、この数が多数と表現されているのみで、2あるいは3を含むのか含まないのか明らかでないから、本願は明細書の記載が実用新案法第5条第4項で規定する要件を満していないとの趣旨の判断をしている。

本件登録請求の範囲の記載は、事実摘示第2の2のとおりであり、これによれば、本願考案における橋絡部は壜蓋の周方向に設けられた断続した切目線ないし弱化線の間に1つおきに設けられた強い橋絡部と弱い橋絡部、すなわち最低限4つからなるものであり、縦方向の横断切目線の数はその橋絡部の(約)半分すなわち最低限2個であると認められる。

本件登録請求の範囲には、審決の指摘するとおり、「橋絡部の数の約半分の数の多数の縦方向の横断切目線」という記載があるが、この「多数」という語は2を含むものであることは右に説明したところから明らかであり、この「多数」が2を含むものであることは被告もまた認めるところであって、横断切目線の数が2であれば本願考案が実施不能になるとは認められないから、本願考案でいう横断切目線の数は2又はそれ以上をいうものとすべきである。もっとも、本願考案の明細書には実施例として4つの横断切目線を設けたものが記載されているが、これはあくまでも実施例であって、これをもって本願考案における横断切目線の数は4又はそれ以上であるとすることができないのはいうまでもない。

そうすると、本願考案における横断切目線の数が2あるいは3を含むのか含まないのか明らかでないとした審決は、事実の認定を誤ったものである。

審決は、本願考案における横断切目線の右「多数」が2あるいは3を含むとすれば実公昭39―24382号公報に記載された考案に近い作用をするものも考えられるとするが、それは同考案に対する本願考案の新規性ないし進歩性の有無の問題であって、そのために本件登録請求の範囲の記載が実用新案法第5条第4項の要件を充足しなくなるということにはならない。

そうすると、本願が同項の規定する要件を満していないので実用新案登録を受けることができないとした審決は、判断を誤った違法のものとして取消を免れない。

3  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(高林克巳 楠賢二 杉山伸顕)

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